もう1年前の話になってしまうのですが、常磐線の仙台行きの特急ひたち号に乗り通してきました。
ときわ号の方はちょくちょく乗っていたのですが、ひたち号に乗るのは1994年の夏に水戸-上野で乗って以来31年ぶりで、仙台行きのひたち号に乗り通すのは今回が初。
仙台行きのひたち号は、かつて上野口から多数発着していた在来線の東北特急の面影を唯一今に伝える存在。
そんな仙台行きのひたち号乗り通しは前からやろうやろうと思いつつなかなかやれずにいたのですが、今回ようやく実行することが出来ました。
また、今回は仙台から引き返す際は新幹線を利用し、在来線特急のひたち号と新幹線の乗り比べもしてみました。
今回乗ったひたち号は7時43分品川発のひたち3号仙台行きで、始発の品川駅からの乗車となります。
ひたち3号に充当されている車両はもちろん常磐線のエースE657系です。


ひたち3号の停車駅は以下の通り。
品川(7:43発)→東京→上野(8:00発)→柏→土浦→水戸→勝田→常陸多賀→日立→磯原→
泉→湯本→いわき(10:25着)→広野→富岡→大野→双葉→浪江→原ノ町→相馬→仙台(12:28着)
走行距離373.9㎞、走行時間4時間45分の行程となります。
この特急ひたち3号ですが、2022年3月12日のダイヤ改正以前は上野始発(発車時刻は8時00分)で、上野始発の方がかつての東北特急の雰囲気は味わえたかもしれません。
ひたち号は基本的に上野から水戸までノンストップですが、ひたち3号については柏、土浦に止まり、土浦までは停車駅がときわ号と同じということになります。
1982年の時刻表を確認すると、上野8時00分発仙台行きの急行ときわ5号が設定されています。
また、1978年の時刻表では上野8時00分発盛岡行きの急行もりおか1号が設定されていたのが確認できます。
柏、土浦に停車なのはかつての急行の筋が引き継がれた名残と言えるでしょうか。
車内清掃の後、いよいよひたち号に乗り込みます。
列車の行先表示器の「仙台」の文字に胸が躍ります。

列車は7時43分定刻通りに発車。
最も気分が高揚する瞬間ですね。
発車したらすぐさま軽く朝食タイム。

品川発車の時点で乗車率は3割程度で僕の隣の席も空席でしたが、空いている座席上のランプは全て黄色に点灯していました。
そして上野を発車する時点でほぼ満席状態で、僕の隣にも男性客が座りました。
上野を出発してから柏まで、ダイヤの関係か、かなり速度が控えめで、緩行線の各駅停車に抜かれるくらい^^;

柏を出発するとようやく速度を上げていきましたが、E657系の本領発揮とまでは至らず、まだまだ控えめな印象。
しかし、土浦を発車してからは何かから解き放たれたように速度をグングン上げてE657系らしい走りとなり、気分も爆上がりです。
やはり、ひたち号はこうでなければ。

水戸には品川発車から1時間余りで到着。
近年は茨城県央県北の人口流出問題が取り沙汰されていますが、県庁所在地の水戸の街並みは、やはり茨城の中心地といった趣です。

水戸、勝田の次は常陸多賀、日立に停まります。

私事ですが、1995年の春から2000年の秋ごろまで日立市に6年近く住んでいました。
日立まで来たのは実に25年ぶりで、懐かしかったです。
ただ、車の免許を取ってからの移動は専ら車だったし、鉄道への興味を失っていたので、日立に住んでいた頃(1995年春~2000年秋)は常磐線を利用する機会は少なかったです。
当時は651系のスーパーひたち号全盛期で、国鉄型の415系鋼製車の普通列車もまだけっこう走っていたし、水戸以北では元急行型の455系もまだまだ現役だった時代。
今思えば鉄道に興味を失ったことが悔やまれます。
日立辺りまで来ると、海岸近くを走る区間が多くなり、車窓から見える風景も北の湘南といった趣きでしょうか。

今回、日立から高萩、北茨城、勿来にかけての風光明媚な車窓風景をつくづく眺めてみて、観光地としての秘めたるポテンシャルがあるように思えました。
かつて日立に住んでいた頃はあまりそういうことを意識したことは無かったですが、それでも海沿いの国道6号線から臨める景色が好きで、高萩や北茨城方面によくドライブしていたことを思い出しました。
乗客は水戸、日立で降りる方がけっこう居ましたが、乗ってくる方もそれなりに居て、乗車率は7、8割維持されていました。
僕の隣の席に座っていた男性の方も日立で降りていきましたが、入れ替わる様に若い女性客が隣に座りました。
この辺りから乗る需要もけっこうあるようです。
いわきには10時25分到着。
ここでかなりの乗客が降りていきました。
僕の隣に座っていた方もいわきで降りて行かれて、以後終点の仙台まで隣は空席でした。
それでも乗車率は3、4割程度は維持されていて、いわき以北のひたち号もそれなりに需要があることも分かりました。

もっとも、だからこそ仙台行きが設定されているわけですが……
ほとんどのひたち号はいわきが終着駅ですが、仙台行きのひたち3号はまだまだ先があります。
しかし、車内販売のサービスはいわきまです。
僕の乗っていた号車では、品川からいわきまで車内販売員は一度通ったきりでした。
おそらく車内販売員は1人しか乗務されていなかったかと思われます。
32年前(1994年)に茨城大学工学部を受験するために、上野から日立まで651系のスーパーひたち号を利用したことがあります。
その時は車内販売員が2、3人乗務していて、上野から日立の1時間半の間に車内販売員が何度も行き来していた記憶があります。
当時と比べると、車内販売のサービスも大分縮小されたことが覗えて何とも寂しい状況ですが、時代の移り変わりと鉄道事業の厳しさをこういうところからも感じます。
いわきからは列車の本数もぐっと減ります。
ここから先で気になるのは、やはり福島第二原発とその周辺地域がどうなっているかということ。
今回実際に目にしてみて、やはり未だ事故の傷跡が生々しく残っていると感じました。
かつては田畑であったと思われる荒地の姿もずいぶん目につきました。
しかし、復興も着実に進んでいるようで、徐々に人も戻りつつあるようにも思えました。


原ノ町には11時31分に到着。
いわき以北の仙台までは、ここが最も大きな街になるのでしょうか。
この辺りまで来ると大分遠くまで来たなという感慨も湧いて来ます。

原ノ町を過ぎればひたち3号の旅も終盤にさしかかります。
乗車率は意外と保たれていて、まだ3割程度は維持されていました。
また、この辺りまで来ると原発事故の影響は顕著には感じられなくなります。

原ノ町から仙台までは相馬のみに停車です。
相馬を過ぎればひたち号の旅もいよいよ終わりが見えて来ます。
岩沼からは東北本線に合流し、傍には東北新幹線の高架も見え、ひたち号も終点に向けてラストスパートです。
車窓風景も段々と建物が増えて都会らしい町並みになってきます。

そして、12時28分に終点の仙台に到着。
品川から4時間45分におよぶ特急ひたち3号の旅が終わりました。


3時間以上同じ列車に揺られる鉄道旅はかなり久しぶりなので、鉄道旅を満喫した充実感と心地よい疲労感に包まれましたが、長かったという感慨は意外なほど無かったです。

快適な特急型車両に揺られていたことと、途中の車窓風景で見どころも多く飽きることがなかったからでしょうか。
仙台駅では少し構内をぶらぶらしました。
構内では鉄心をくすぐるこんなものも……

かつて仙台駅を行き来した優等列車のトレインマークやヘッドマークが展示されていました。
急行列車フリークの僕はやはり「急行まつしま」のヘッドマークに目が行きますかね。
幼い頃は東北急行も憧れの的で、図鑑などで見る455系の東北電車急行の姿に胸をときめかせたりもしたものです。

『小学館入門百科シリーズ36 電車なんでも入門』(昭和59年 小学館)より抜粋
仙台の地を踏むのは今回が初めてでしたが、現在唯一残っていると言える在来線東北特急の仙台行きひたち号に乗っての初仙台はなかなか感慨深いものがありました。
仙台駅構内は人も多く、さすがは東北一のメガシティといったところでしょうか。
ここが仙台であることを知らずに駅の外に広がる景色を見れば、東京だとも思いそうな都会の風景が広がっています。
看板の「宮城学院女子大学」や「仙台ロフト」の文字で、ようやくここが仙台であることが分かるくらいでしょうか。

折角仙台まで来たのでご当地のグルメでも満喫したい気分もありましたが、ひたち号で仙台まで来たことで大方目的は果たしたので、気分的には十分お腹いっぱいでした。
あとは引き返すのみです。
上りのひたち号で引き返すことも考えましたが、新幹線との乗り比べをするのも一興と思い、新幹線に乗って引き返すことにしました。
東北新幹線もまだ乗ったことがなく、良い機会でしたしね。
構内でお土産用の牛タンの干物と帰路の新幹線内で食すための駅弁を購入し、新幹線のホームへ向かいます。
帰路で乗ったのは13時44分仙台発の東北新幹線やまびこ142号。
当日はメインのE5系10両の後ろにE8系7両が増結されていました。


時刻表では仙台から福島まではE5系10両での運転で、福島からE8系7両のつばさ142号と併結されることになっていたのですが、この数日前に発生したE8系の車両トラブルの影響でこのようになっていたかと思われます。
ちなみに途中の福島駅では、福島止まりのつばさ号からの乗り換え客を待ってからの発車となっていました。
(詳細は不明)
僕は増結車両のE8系の自由席に乗ることにしました。
車内は大分空いていて、終点まで状況は変わらなかったです。


列車が出発すると、お昼時も過ぎていたので、すぐに駅弁タイムにしました。
いただいたのは温める機能がついている加熱式の牛タン弁当です。

加熱式の駅弁は初体験で、本当に温まるのか半信半疑でしたが、本当に温まるんですね。
さすがは令和の駅弁。
大したもんです。
……が、しかし、温めるための加熱装置が少々場所を取り過ぎてやしないか。
その分、ご飯の部分が大分薄かった😅
惜しい。
個人的には加熱装置にかかるコストを食べる量の方に回して欲しい派です。
まあ、でも美味しくいただけました。
加熱式の駅弁は、加熱装置がさらに進化して場所をもう少し取らなくなってからまたいただこうと思います。
やまびこ142号は仙台から東京までの所要時間は2時間4分でした。
上りのひたち号で引き返せば東京まで4時間30分程度かかるので、所要時間はその半分以下となります。
さすがに速いですね。
特に在来線特急のひたち号に乗った直後では、あっという間だと感じました。
しかも、これがはやぶさ号であればもっと早いわけです。

そして、新幹線は揺れも少ない。
とにかく速くて快適。
E657のひたち号も十分快適ですが、新幹線に比べたらさすがに少し劣る感はあります。
特にいわき以北にある単線区間ではけっこう揺れる印象を受けました。
これはE8系がデビュー間もない一方、E657系はデビューから10年以上経過していることも多少はあるのかもしれませんが…
やはり新幹線と在来線特急は違いますね。
新幹線はスピードも快適さも全てにおいて上質で、特別な乗り物に乗っているという高揚感がさらにあります。
それが世界の新幹線たる所以なのだろうし、乗客が新幹線に流れるのも無理はないです。
この令和の時代、料金的なメリットが多少あったとしても、4時間以上かけてわざわざ東京から在来線特急で仙台まで行こうという人は、まあ、僕のようなもの好きだけなのでしょう。
以下まとめです。
仙台行きのひたち号乗車は、期待していた通りの楽しい鉄道旅となりました。
在来線をかっ飛ばしていく特急列車には新幹線の異次元的なスピード感とはまた異なる爽快感と風情があります。
沿線の風景を間近で十二分に楽しめるのも魅力で、見どころも多く、時間が経つのもけっこう早く感じました。
令和の時代、このようなかつての東北特急の生き残りとも言える在来線の長距離特急列車の存在は貴重なのではないでしょうか。
同時に、新幹線の素晴らしさというものも認識しました。
新幹線は出来るだけ早く快適に遠くまで乗客を運ぶという特急列車の至上命題を突き詰めた形なのだと思います。
そして、それは鉄道が向かう必然だったと思うし、一つの到達点なのでしょう。
しかし、何時間もガタゴト揺られる鉄道旅の独特な醍醐味というのは、やはり在来線でしか味わえません。
常磐線は独自の旅客需要を抱える絶妙な(微妙とも言える)位置づけの路線に思えます。
だからこそ、仙台行きのひたち号のような長距離を走る在来線特急が今でも存続できる余地があるのだろうし、そのような状況は今後も変わらないと思われます。
僕のようなもの好きには、東京から仙台まで行く手段として新幹線と在来線特急のひたち号という二つの選択肢があることは実に幸運なことです。
今後も仙台行きひたち号が無くならないことを願いつつ、今回はこれでおしまいとします。