晩秋の鉄旅 最終編 湘南の普通列車グリーン車の旅編

「晩秋の鉄旅」ですが、昨年中に最終編をアップしなければと思いつつ、結局年が明けてしまいました(^^;

 

ということで、前回の続きで今回は「湘南の普通列車グリーン車の旅編」を語ろうと思います。

 

今回の鉄旅、元々の目的は東海道本線普通列車グリーン車に乗ることでした。

以前の記事でも書いたのですが、子ども時代、東海道本線普通列車グリーン車に憧れていました。

当時の東海道本線普通列車113系が主力だったので、グリーン車は主にサロ110やサロ111だったのですが、それらを目にしては「いつか普通列車グリーン車に乗って小田原や熱海の方まで……」などと夢想したものです。

(サロ111)

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『最後の国鉄電車ガイドブック』誠文堂新光社(2017年)P46より抜粋

 

あれから30年以上経ったのですが、未だこの願望を叶えておらず、前々から東海道本線普通列車グリーン車に乗りたいと思っていたわけです。

今回、予定は変更してしまいましたが、やはり最後はそれで締めようと思い、211系セミクロスシート車の普通列車の旅を終えると、高尾駅から小田原駅に向かうことにしました。

 

八王子駅までE233系の快速で行き、八王子から茅ヶ崎駅までは横浜線と相模線を利用して行きました

横浜線は過去何度かお世話になったことがあるのですが、相模線は今回が初です。

単線で、使用されている車両は205系と古め。

ローカル線の趣きすらありました。 

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205系 橋本駅にて)

 

八王子駅から茅ヶ崎駅までは意外と時間がかかった気がします。

当初、トータルで1時間もかからないだろうと踏んでいましたが、1時間20分くらいかかりましたかね。

 

ところで、相模線では一つ驚いたことがありました。

それは無人駅の存在です。

途中、入谷駅で高校生くらいの男の子が赤くて四角い箱の中から券のようなものを取り出していそいそ乗ってくるのを目にしました。

最初彼が何をしているのかよく分からなかったのですが、乗車駅証明書(路線バスの整理券に当たるようなもの)を発券して取り出していたんですね。

相模線に無人駅は、現在のところ、入谷駅以外にも宮山駅倉見駅の合計三駅あるようです。

少しローカル線の趣きがあったとは言え、都心からそれ程離れていないこのような路線に無人駅があるとは思っていなかったので、ちょっとした驚きでした。

 

終点の茅ヶ崎駅に着くと、東海道本線の下り普通列車に乗り換えて、小田原駅に向かいました。

小田原からはこの日の締めで、土浦駅まで普通列車グリーン車を乗り継いで行きます。

 

小田原駅に着くと、すぐに構内で駅弁を購入。

時間は既に午後の2時を過ぎ、日は傾いてきていました。

まだお昼を食べていなかったのでかなり空腹でしたが、グリーン車の中で駅弁を食べるという楽しみのためにしばしの我慢。

ホームに戻ると、早速停まっていた普通列車グリーン車に乗車。

乗った列車は14時28分小田原始発の上野-東京ライン経由高崎行きの1884E。

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普通列車グリーン車の座席は平屋席を選ぶことが多いのですが、今回は景色を楽しもうと思い2階席最後尾右の窓側を選びました。

最後尾の座席は後ろに気兼ねなく背もたれを倒せるので、空いていれば必ずそこに座りますが、同じことを考えている人は多いようですね。

席が埋まっている率が高い気がします。

しかし、この日は乗車した時点で僕の座った車両の2階席にはまだ誰も座っていなかったので、最後尾の座席に座ることが出来ました。

時間帯のせいなのか、始発駅だからなのか、小田原辺りまでくると大抵はそうなのか分かりませんが、グリーン車は大分空いていましたね。

 

それはそうと、今回ちょっと残念なことがありました。

選んだ座席の下にクッキーか何かの食べカスがいっぱい落ちていたことです。

こういうことにはさほど神経質ではないつもりですが、かなり目立っていたので気にせずにはいられなかったかな。

他の座席に座ろうかとも思ったけど、結局場所のメリットを優先。

ただ、足元に食べカスがいっぱい落ちているのは気分が良くないし、自分がその犯人のように思われるのも癪なので、そこだけ自分でさっと掃除しておきました(^^;

 

列車が発車する時点で、乗客は僕が乗っていた車両の2階席で数人程度だったでしょうか。

近くに誰も座っていなかったので、気分は貸切状態でした。

列車が発車すると、早速駅弁を広げ、少し遅い昼食タイムにしました。

買った駅弁は小田原駅の改札口の側にある「驛弁屋」という店で買ったデラックスこゆるぎ弁当。

950円と少し値が張りましたが、ボリュームたっぷりでなかなか食べ応えがありました。

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子どもの頃はこの駅弁というものがまた憧れでしてね。

駅弁は高いとの理由で両親はなかなか買おうとはしませんでした。

夏休みに両親の実家に帰省する時も、弁当を作って持って行くというのが基本で、駅弁を買うなんてとんでもないという感じでしたから。

そんなわけで、東海道本線普通列車グリーン車に乗りながら駅弁を食べるというのは子どもの頃は本当に夢のまた夢で、ようやく念願叶ったわけです。

 

ちょうど日が傾いてくる午後の時間帯で、天気が良かったです。

個人的に東海道本線の湘南の車窓風景は昼下がりの時間帯が似合っていると思っています。

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(画像は国府津付近)

かつて幾多の名だたる文士達もこの歴史ある車窓風景を大いに眺めたに違いありません。

かの太宰治も度々伊豆に行ったりしているから、当然眺めているはずです。

もちろん、当時とは風景も大分変わっているのでしょうけどね。

そのように考えると目にしている風景が非常に洗練されたものに見えてくるから不思議。

我が地元の常磐線のどこかあか抜けない車窓風景とは対照的です(笑)

そんな風景を眺めながら周りを気にすることもなく(空いていたので)駅弁を食べて、もう最高でした。

 

大船、横浜辺りまで来ると、横須賀線京浜東北線と合流して行きますが、この辺りの光景は本当に壮観。

鉄道のダイナミズムを感じます。

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品川からは常磐線普通列車に乗り換えです。

16時17分品川発17時44分土浦着の1223M。

乗るのはもちろんグリーン車

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ふとホームの向かい側を見ると、引退もそろそろ間近に迫ってきている185系が停まっていました。

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 常磐線グリーン車は平屋席にしましたが、この日、常磐線普通列車グリーン車は結構な乗車率でした。

これまで自分の隣に誰かが座るという状況はなかったのですが、この日は日暮里駅で僕の隣にも乗客が座りました。

 

常磐線普通列車グリーン車も大分定着してきているようです。

 乗車率が高くなった印象。

そういえば、この日はグリーン車内で崎陽軒のシュウマイが販売されていました。

自分と同じ平屋席エリアにいた乗客のおば様が一人買っていましたが、こういうサービスはなかなか良いんじゃないかと思います。

 常磐線高崎線宇都宮線普通列車グリーン車導入に関しては賛否両論あったようだけど、概ね成功だったと言えるんじゃないでしょうかね。

 

この日の鉄旅は朝から盛りだくさんだったせいで疲れていたのか、北千住辺りで眠気が襲ってきました。

乗った列車が土浦止まりだったので、乗り過ごす心配もなく、うとうとと夢の世界へ行き、気づくと牛久辺りまで来ており、体感的にはあっという間に土浦駅に着いた印象です。

 外はもう真っ暗でした。

 

この日の鉄旅はこれで終了。

 

前回の反省から、体力的体調的に欲張らないほうが良いと思ったのです、結局欲張って盛りだくさんな内容に。

ただ、今回は前回ほどは疲れなかったかな。

前回は元々体調があまり良くなかったのだと思います。

 

まとめです。

今回、東海道本線普通列車グリーン車に初めてじっくり乗ったわけですが、かつて憧れたサロ110やサロ111ではないものの、それでも僕にとって東海道本線普通列車グリーン車はやはり特別だと思いました。

何しろ東海道本線は日本で最も歴史ある路線とも言えるし、普通列車グリーン車グリーン車が二等車だった時代から続く由緒あるものなのです。

そんな歴史ある路線の車窓風景を由緒あるグリーン車から眺めて駅弁を頂くなんて最高じゃないですか。

 

首都圏ではJRの中距離の普通列車には当たり前のようにグリーン車が連結されていますが、これは私鉄も含めて全国的に考えると結構珍しいことなんじゃないかと思います。

首都圏以外にも全く無いというわけではないと思うけど、グリーン車やそれに該当するような特別車両というのは、特急列車か、そうでなくとも快速といった速達列車に連結されている場合がほとんどだと思います。

最近、JR西日本の新快速にAシートという有料座席車の導入が発表されましたし、JR北海道快速エアポートにもuシート車という有料座席車が連結されています。

JRではそうした「快速」も広義の意味で「普通列車」ということになるそうですが、それでもどちらもそれなりの速達サービスを行う列車です。

都心部緩行線快速線が並行して走るような区間を除けば、速達サービスを行わない各駅に停車するような普通列車グリーン車を連結するケースというのは、ほとんど首都圏だけなんじゃないでしょうかね。

そう考えると、現代の普通列車グリーン車というのはちょっとユニークな存在だと思うのです。

 

そして、この普通列車グリーン車にも汽車旅情緒的な雰囲気が残っている気がするのです。

かつての三等級時代における普通列車の二等車も雰囲気はこんな感じだったのかなあ、などという鉄道ロマンをそそられたりもして、旅気分が高まるんですよね。

 東京から土浦程度の距離なら、特急列車でさっと行くよりも、こうした普通列車グリーン車でゆったりのんびり行く方が僕は好きですね。

 

東海道本線普通列車グリーン車、ええなあ。

また乗るつもりです。

次回は熱海まで足を延ばしてみたいですね。

そして、その際は是非崎陽軒のシュウマイ弁当を食べたいです。

 

僕は本当に普通列車グリーン車が好きなんだなあと思います(笑)

 

ということで、晩秋の鉄旅シリーズはこれでおしまいです。

晩秋の鉄旅② 中央線211系セミクロスシート車による普通列車の旅編

前回、651系の臨時快速列車「ぶらり高尾散策号」の乗車記を書きましたが、今回はその続き「中央線211系セミクロスシート車による普通列車の旅編」です。

 

高尾駅に着いて、651系が回送列車としてホームから去っていくのを見送った後、一度改札口を出て少しぶらぶらし、ホームに戻りました。

この後、八王子駅まで引き返して、横浜線と相模線を経由し東海道本線茅ヶ崎駅に出てから小田原駅に向かうつもりでした。

ところが、上り方面に向かう次の列車を待っていると、向かい側のホームに停まっている211系の6連に目が止まりました。

その6連はセミクロスシート車だったのですが、セミクロスシートの車内の醸す雰囲気にちょっぴり旅情をそそられ、それに乗って下り方面へもう少し先まで行ってみたくなったのです。

 

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 (画像は大月駅にて)

ちなみに、前回ホリデー快速ビューやまなし号で塩山駅まで行った帰りも211系の普通列車高尾駅まで引き返して来たのですが、その時はオールロングシート車でした。

せっかくの車窓風景がロングシートでは十分に満喫出来ないと思いつつも、混んでいなければ向かい側の窓々から外の風景が広く見渡せるし、車内の状況も大分先まで見通せるのでそう悪くないかもなどと思い直したりもしたのですが……

それでも、やはり鉄道の旅の独特な雰囲気はクロスシートあってのものだと思いました。

ということで、思いがけず211系のセミクロスシート車に出会えた喜びがありました。

 

列車は10時30分高尾発小淵沢行きの533M。

休日おでかけパスのエリア限界である大月まで乗ることにしました。

時間にして50分弱です。

僕はもちろんクロスシートに座りました。

ただ、窓側はもう埋まっていたので通路側でした。

シートは思いの他柔らかく座り心地が良かったです。

国鉄時代の車両はこうした近郊形車両のシートもしっかり作り込まれている印象ですね。

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高尾駅出発時、乗車率は座席が半分ちょっとくらい埋まっていた程でしょうか。

ボックスの右斜め向かいに六十前後と思われる年配の男性一人。

左隣のボックスには男女カップルが二組。

二十歳前後と思われる若いカップルと四十前後と思われるミドルのカップル。

彼らがどういう目的で列車に乗っているのかはもちろん知りませんが、何れも沿線の地元に住んでいると思われる人たち。

乗客は次の相模湖で結構乗ってきて、立ち客も出るくらい。

しかし、それ以降は増えず、駅に停まるたびに乗客がパラパラと降りていくような具合でした。

 

中央線の高尾以西は線路が山間をくねくねとカーブを繰り返しながら続き、トンネルも多く、路線の雰囲気はそれまでと大分変わります。

外は爽快な秋晴れ。

日差しは強く、左窓から差し込んでくる日光に暑さを覚えるくらい。

列車は各駅を停車し、ゆったりとしたペースで目的地を目指します。

途中、特急の通過待ちもあります。

中央線は全国有数の特急街道。

僕の地元の常磐線もそうなのですが、特急が頻繁に走る路線の普通列車は通過待ちが増えたりするのですが、路線全体が引き締まって活気づく気がします。

 

そして、やはりセミクロスシート車は雰囲気が出ます。

今や都心部では「普通」と聞くと多分ほとんどの人が4扉オールロングシートの通勤形の電車をイメージするのではないでしょうか。

でも、211系のようなある程度年季の入った近郊形車のセミクロスシート車に乗っていると、客車を機関車で引っ張っていた汽車だった頃の「普通列車」の雰囲気を僅かに感じ取ることが出来ます。

僕としてはこれを急行形で……というのが理想なのですが、近郊形でも十分にその雰囲気を感じ取れると思います。

そして、この雰囲気というのがイベント列車などで意図的に演出されたものではなく、日常の運用の中でナチュラルに醸し出されているところが良いのです。

 

といっても、かつての僕は211系に無味乾燥なイメージを持っていました。

211系は1985年の国鉄末期に登場した車体がオールステンレスの近郊形電車で、僕が小学生の頃には東海道線本線東京口普通列車として走り始めていました。

まだ鋼鉄製車が多数派だった時代、銀色にピカピカ輝くステンレスの車体は、いかにも新時代的で無機質な印象がありました。

国鉄末期は分割民営化の実現化がいよいよ目前に迫っており、子どもながらにもそんな時代の変化を肌で感じ、鉄道の古き良き時代の情緒が消えていくような寂しさも感じていたものです。

僕にとって211系はその象徴一つだった訳です。

 

しかし、時を経て211系も良い味を出すようになったんだなあとつくづく。

化粧板、網棚、手すりなど、そこかしこに懐かしい国鉄時代の名残を感じます。

どんな最新のものでも時間の経過と共に古くなり、経年劣化、陳腐化もしていくのですが、一方で年月を重ねることによって郷愁を帯びた味わいも出てきます。

そうした味わいが旅情を掻き立てるのだと思うし、鉄道で旅をする事が好きな人の多くは多分そういう所に惹かれるのだと思います。

 

 列車は11時18分に大月駅に到着しました。

自分を含め、ここでかなりの乗客が降りました。

列車は1分程度停車した後すぐに甲府小淵沢方面に向けて出発していきました。

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大月駅は特急の特急の停車駅。

また、河口湖方面に伸びていく富士急行線の始発駅でもあり、駅には少し活気があります。

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僕はここまで来たら、後は戻るだけでした。

すぐに反対のホームへ行き、上り方面に向かう列車を待ちました。

列車を待っていると、JR東日本が誇る豪華列車「TRAIN SUITE 四季島」の通過に遭遇するという幸運が。

急いでスマホのカメラを向けて動画を撮ったのですが、画面左上部に自分の指が映り込むという残念な結果に(^^;

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その四季島を見送った後に、僕の乗る列車が留置場から入線してきました。

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211系の3連でした。

この列車は高尾行きで列車番号は1454M。

時刻表では河口湖発となっているので、おそらく留置場から入線してきた211系の3連は増結用の編成だったのだと思います。

列車に乗り込んでからしばらくすると、後ろに河口湖駅から走ってきたと思われる211系の3連が連結されて6両編成となり列車は出発しました。

ちなみに、この列車もラッキーなことにセミクロスシート車でした。

中央線の211系はオールロングシート車ばかりと思っていたのですが、セミクロスシート車もけっこう運用されているんですね。

 

帰路はクロスシートの南側(進行方向に向かって右)の窓側に座ったのですが、ちょっと失敗だったです。

日差しがとても強かったので、次の猿橋駅に着く前に窓のブラインドカーテンを下ろすことにしました。

僕の座っていたボックスにはまだ僕以外に誰も座っていなかったし、僕としては車窓風景を出来る限り眺めていたい気持ちもあったのですが、これから乗ってくるであろう乗客は日差しを避けたいと思う人の方が多数派だろうなと予測し、そうしました。

こういう判断はなかなか難しいところです。

ただ、こうして悩むのも鉄道の旅の醍醐味だと思います。

 

乗客層も乗車率も行きの列車と同じような感じだったでしょうか。

主な乗客は沿線の地元民と思われ、大して混雑することはなく、もっとも乗客が多い時でも立ち客がパラパラ出る程度。

そんな中、帰路で目についたのは一組の家族連れと老夫婦でした。

家族連れは僕からは少し離れた前方のボックス席に座っていたのですが、はしゃぐ子どもを母親が「しずかにしなさい」と窘めたりしていたのですが、こういうのは30年前から全然変わらない光景だよなあと思い、少し和みました。

老夫婦は僕の向かい隣のボックスで向かい合わせで座っていましたが、「暑いねえ」などと言い合いながらもブラインドカーテンを降ろさずに車窓風景を楽しんでいました。

老夫婦の旦那さんが後ろ向きに座っていたため僕から顔が確認できたのですが、なかなか車内の雰囲気にマッチした渋い顔つきで絵になっていたんですよね。

少し古くて味のある車両の車内では、中高年男性でも何となく佇まいが絵になるから不思議です。

また、そういう車内のクロスシートは、旅気分を演出するというのでしょうか。

お弁当を広げたり缶ビールを飲んだりするという行為が比較的許容されるような空間になる気がします。

これが都会のオールロングシート車の通勤電車内ではなかなかそうは行かない。

 

気づけばセミクロスシート車での旅も終わりに近づいていました。

僕は最後の1区間だけブラインドカーテンを上げて、車窓を楽しむことにしました。

この区間はトンネルや線路際の山肌や木々で日差しが大分遮られると思ったからです。

それでも時折強い日差しがカッとし込んでくることもあり、ボックスの左向かいに座っていた方には少々迷惑だったかも……(スミマセン)

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列車は12時22分高尾駅に到着し、211系セミクロスシート車による普通列車の旅は終わりました。 

 

まとめです。

 今回、中央線211系の普通列車に乗るのは予定外だったのですが、思わぬ当たりでした。

また、旅について少し考えさせられたりもしました。

僕が今回思ったのは、旅は過去を振り返る行為と少し似ているということ。

旅とは空間軸の移動だけではなく、(心理的には)時間軸の移動でもあり、特に過去に向かうものなのではないかと思いました。

これは僕がある程度年を重ねたからそう思うのかもしれないし、若者にとっては新しい世界や出会いを求めての未来へ向かうものなのかもしれません。

旅は人それぞれいろいろな形があって良いと思うのですが、多分、僕にとって旅というのは、過去と向き合い、過去の面影を探し、それに触れて懐かしむという要素が強いのだと思います。

古くなった鉄道車両の醸し出す郷愁を帯びた味わいというのは、そういう僕の志向と相性が良いのではないかと思いました。

もしかしたら、僕のこういう志向はとても後ろ向きなことなのかもしれないですが、時は容赦なく過ぎて行き、世の中が息をつく暇もないほど変化し続けていく中で、ちょっと立ち止まったり、後ろを振り返ったり、目まぐるしい変化の中でも不変のものを見出すような作業は時に必要なのではないかと思っています。

少々大げさかもしれませんが、今回211系セミクロスシート車に乗ってから、そんな旅の本質や効用についていろいろ考えたりしました。

 

中央線の普通列車の旅もなかなか良いですね。

441M列車のような高尾から長野まで4時間以上かけて走るような、長距離運用の普通列車もあるようなので、一度チャレンジしてみたいです。

特急形車両のような快適な座席でゆったり旅をするのも無論良いですが、こういう普通列車の旅もなかなか良いものです。

 

という事で、今回はこれでお終い。

次回は晩秋の鉄旅③「湘南の普通列車グリーン車の旅編」を書きたいと思います。

晩秋の鉄旅① 651系の快速「ぶらり高尾散策号」の旅編

先日、久しぶりに鉄旅してきました。

 

今回のポイントは大きく三つ。

651系の快速「ぶらり高尾散策号」の旅。

②中央線211系セミクロスシート車による普通列車の旅。

③小田原→土浦、普通列車グリーン車の旅。

 

まず、①の快速「ぶらり高尾散策号」の旅からです。

 

今回の鉄旅、一番の目玉はやはり651系で運行される臨時快速「ぶらり高尾散策号」でしょうか。

当初は土浦−熱海を普通列車グリーン車でまった〜りただ往復するつもりでしたが、当日の朝、急遽臨時快速「ぶらり高尾散策号」にしようと決めました。

ネット上で、最近の車両運用の動きから、常磐線の波動用に使われている651系もそろそろか……みたいな話をちらほら目にし、乗れるうちに乗っておこうと考えた次第です。

 

快速「ぶらり高尾散策号」は日立−高尾を常磐線武蔵野線、中央線を経由して結ぶ全席指定の臨時快速列車。

毎年秋の紅葉シーズンと正月の初詣の時期に運行されているようです。

現在の使用車両はかつての常磐線特急のエースだった651系です。 

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実をいうと、651系に乗るのは24年ぶりでした。

24年前(1994年)は651系常磐線のスーパーひたち号としてデビューしてまだそれほど時が経っていない頃ですが、僕は大学受験のために上野から受験会場のある日立まで一度だけ乗ったことがあるのです。

元々鈍行で日立まで行くつもりだったのですが、倹約家の両親が(珍しくも)せっかくだし今後の人生にも関わる大学受験なのだから651系のスーパーひたち号に乗って行ってはどうかと勧めてくれたのです。

当時、鉄道への関心を失っていた僕でしたが、まだ最新鋭だった651系のスピードと快適な乗り心地を体験し、これが新時代の特急列車なのかといたく感激したものです。

また、これが僕にとって記念すべき在来線特急の初乗車でもありました。

 

そんな、思い出の651系が使用された臨時快速「ぶらり高尾散策号」。

今回僕が乗るのは土浦駅からです。

土浦−高尾は休日お出かけパスのエリア内なので、休日お出かけパスと指定席券を購入。

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両方とも指定席券売機で買おうと思ったのですが、指定席券の方の買い方に少々戸惑ってしまいました。

券売機を操作していて、目的の列車のような臨時快速列車の指定席に当たるような項目がなかなか見つけられず、もしかしたら券売機では買えないのかな?などと思い、結局窓口で購入しました。

座席は窓口のスタッフがすぐにその場で決めてしまい、自分では選べなかったですが、そういうものなのかな?

そんな、まだまだ鉄旅初心者でこういうことに慣れない身ですが、幸い席は自分が望んでいた進行方向に向かって右の窓側席だったので良しとします。

 

ということで、何とか無事に券の購入を済ませ、いそいそホームへ。

快速「ぶらり高尾散策号」は、7時58分発のE657系の特急ひたち号2号が発着していった後にすぐ来ました。

その様子をスマホのカメラで収めようと思ったのですが大失敗の巻。

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僕は元々センスもないし構図などにも特にこだわりはないのですが、それにしても余りに残念な出来栄え(^^;

まあ、笑ってやってください。

 

そして、いざ651系の車内に。

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(終点高尾駅にて)

24年ぶりでしたが、車内を見渡し、やはり化粧板や床などに時の流れを感じました。

しかし、そこは常磐線で特急列車として一世を風靡した車両。

シートにも厚みがあって特急らしい豪華さや重厚感は色褪せていないと思いました。

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列車はグリーン車1両を含んだ7両編成で運行。

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僕の乗った車両は3号車(普通車)でしたが、乗客は数名程度と少なかったです。

プラス520円で特急形車両の快適な座席に座れるし、高尾方面まで乗り換えなしで行けるということでかなりお得な列車だと思うので、もっと沢山乗客がいると思ったし、場合によっては窓側席を確保できないとも考えていたので、少々意外でした。

こういう列車って存在自体が一般的にはあまり認知されていないのかなと思いましたが、帰路の夕方の便はかなりの乗車率だったようですね。

 

土浦駅を出発したのは8時2分でしょうか。

車掌による検札が済むと、金麦で控えめに祝杯をあげました。

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土浦以降の常磐線での停車駅は牛久、佐貫、取手、柏。

停車駅ごとに乗客を1両につき2、3名くらいで拾っていく感じです。

臨時快速ということで、やはりスピードは控えめ。

130km/hで常磐路を駆け抜けた往年の走りからは程遠かったですが、特急の後を走っていることもあるのか、常磐線内は比較的飛ばしていたように思います。

駅を通過するときは往年の特急らしさを髣髴させてちょっと興奮しましたね。

藤代‐取手ではもちろん常磐線名物のデッドセクションも通過。

しっかり車内の照明も消えました(笑)

E531系など最新の車両は照明が消えないようになっている)

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列車は柏駅を発車して緩行線北小金井駅を過ぎた辺りから武蔵野線に入って行きます。

この辺りは徐行運転で、時々止まったりもしていました。

運転にかなり慎重を要する区間に思え、ちょっとドキドキしました。

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こういう臨時列車って、ダイヤの合間を縫っての運行で、定期列車の運行を妨げてはいけないのだろうし、かなり運転にも気を使いそうですね。

そんなことを思いつつ、通常ではほとんど通らない線路を走る列車の車窓から見える光景はなかな興味深くてワクワクしました。

 

武蔵野線内の停車駅は南越谷、北朝霞、東所沢、新秋津。

この区間での走りは大分ゆっくりです。

途中、線路に並行していた一般道を走っている車に負けるくらい(^^;

時速にして50~60km/hといったところか。

乗客は常磐線の柏と武蔵野線南越谷駅辺りで結構乗ってきた印象です。

それでも僕の乗っていた3号車の乗車率は4割にも満たないくらいでした。

ただ、グリーン車の方は少々事情が異なっていたようです。

僕の乗っていた3号車を通り過ぎて4号車のグリーン車の方へ行く人が結構居ました。

651系グリーン車は最近のJR東日本の特急形車両ではほとんどお目にかかれなくなった豪華な3列シートで、それを快速・普通列車のグリーン料金で乗れるということで人気があるのか、なかなかの乗車率だったようです。

もっとも、グリーン車の定員は36名と普通車に比べて大分少ないのですが……。

 

客層は高尾山に登ると思われる登山服を着てリュックを背負った熟年夫婦、家族連れの行楽客、中央線沿線の八王子や立川あたりで用のありそうな2.3人くらいの若い女性グループ、後は僕のように列車に乗ること自体が目的と思われる鉄道ファンらしき人たちといったところでしょうかね。

 

新秋津駅を発車してから地下に入り新小平駅を通過し中央線の方へ入って行くのですが、この辺りでも結構スピードが出ていました。

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中央線での停車駅は立川、八王子、そして終点の高尾となります。

 大体の乗客は高尾駅までいましたが、立川駅八王子駅で降りていく人も結構いました。

先述の若い女性グループは八王子駅で降りていきました。

 

列車は10時7分に高尾駅到着。

ここで2時間5分に及ぶ651系での旅が終わりました。

到着間もなく、先頭と最後尾の方のホーム上には651系にカメラを向ける撮り鉄な方々が……。

新参者の僕はなるべく彼らの邪魔にならぬようさっとスマホ651系の姿を収めました。

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編成の中ほどから、回送列車で走り去っていく姿も動画で撮りました。

youtu.be

これ、僕としてはかなり上出来です。

 

カメラを向けていた撮り鉄な方たちの何名かが、651系が走り去ると一斉にホームの階段の方へとダッシュして行きました。

その先で何か撮り鉄魂をくすぐるようなイベントでも控えていたのでしょうか。

構内には「ホーム上で走るのはお止めください!」との注意のアナウンスが響き渡っていました(^^;

 

ということで、まとめです。

今回乗った651系の快速「ぶらり高尾散策号」ですが、僕が乗った土浦駅からは2時間5分の行程で、列車のスピードもゆっくりめで時間も結構かかります。

ただ、乗り換えなしで、しかも特急形車両の座席にゆったり座っていけるので、520円余分に払う価値は十分過ぎるほどあるのではないかと思います。

特に熟年のカップルなんかには良いのかも。

僕も今度は彼女と乗りたいです(妄想)

 

また、今回のような臨時列車に乗るのは初めてだったのですが、こうした複数の路線を跨るような変則的な運行経路も、全国に網目のように線路が繋がっている元国鉄のJRならではといった感じで、なかなか面白いです。

 

快速「ぶらり高尾散策号」は来年も多分運行されるのでしょうが、651系で運行されるのかどうかは定かではないようです。

ファンの間では、最近水戸支社に戻ってきたE653系1編成が運用に入るのではなどとも推測されているようです。

僕は今回久しぶりに651系に乗れて十分満足することが出来ました。

ただ、651系の往年の走りも、もう一度体験してみたいかな。

651系自体の特急運用は高崎線系統の草津号やスワローあかぎ号で残されているので、これらも近いうちに乗ってみようかと思っています。

 

今回の記事はそんなところです。

次回は②の「中央線211系セミクロスシート車による普通列車の旅編」を書こうかと思います。

(予定は未定)

ホリデー快速ビューやまなし号乗車レポ②

前回の記事から大分経ってしまいました。

 

前回、「ホリデー快速ビューやまなし号」のレポを書き、最後に車内で遭遇したある家族の観察を通して現代の急行列車について考えてみると予告しましたが、つい放置をしてしまいました。

僕の場合、あまり予告はしないほうが良いようですね(^^;

 

ということで、前回の予告通りの内容でなんとか書いてみようかと思ったのですが、時間もかなり経ってしまい今更感があるので、断念することにします<(_ _)>

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215系 塩山駅にて(筆者撮影)

 

とにかく、僕が「ホリデー快速ビューやまなし号」に乗ってみて感じたことは、こういう列車こそ現代の急行列車と言えるのではないかということでした。

215系の普通車内にはオールボックスシートという車内空間が醸す独特な雰囲気がありました。

それは通勤形のそれとも特急形のそれとも異なる一種独特なもので、庶民の優等列車ともいうべき風情が確かにそこに存在していました。

僕はこれが好きなのだと思ったし、これこそが僕にとっての汽車旅情緒であり、急行列車の旅のイメージなのだと感じた次第です。

 

とまあ、そんな内容をつらつら書くつもりだったわけです。

 

そんな僕にとってはけっこう汽車旅情緒を感じられる列車だったのですが、現代において窮屈なボックスシートで5時間も6時間も揺られるのもなかなか厳しそうです(^^;

かつてはボックスシートの急行形車両でそんな運用が当たり前に行われていたのですが……。

かくいう僕も、満席状態なら2時間、どんなに長くても3時間程度が限界といったところでしょうか。

そういうこともあって、今の時代215系のような詰め込み式のオールボックスシート車で特別料金を取るというのは難しいようです。

せいぜい、殺人的混雑に見舞われる通勤時間帯の首都圏内において、それでも座れるなら……という有料ライナーの需要に応えられるくらいでしょうか。

 

ただ、これが運賃だけで乗れるというならちょっと贅沢に思えるんですよね。

実際、「ホリデー快速ビューやまなし号」乗車中にもそんな会話を耳にしました。

おそらくこれが首都圏における一般的な鉄道利用者の感覚なのだろうと思います。

そういう意味でも215系ってかなり微妙な位置づけの車両だと思います。

デビュー間もない頃は東海道本線の快速「アクティ」にも使われて人気もあったようなのですが、ダブルデッカーで乗降扉が二か所しかないという構造が災いし、停車駅で乗降に手間取ることによる遅延が問題となり、運用から外されるという経緯があったようです。

運用面で扱いが難しい車両のようです。

 

ホリデー快速ビューやまなし号」はそういう215系の特性にマッチしていると思いました。

こういう215系のような車両を使った列車が、土休日限定でも良いので、この先も無くならないと良いです。

 

そういえば、今年は11月18日をもって「ホリデー快速ビューやまなし号」の運行が終了したようですね。

来年また乗れることを願っています。

ホリデー快速ビューやまなし号乗車レポ①

先日、快速「ホリデー快速ビューやまなし号」に初めて乗りました。

ということで、今回はその乗車レポートを書いてみようかと思います。

 

ホリデー快速ビューやまなし号」は中央本線の新宿-小淵沢間を結ぶ臨時快速列車。

3月から11月の土休日に運行されています。

使用車両は215系

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(画像は発車前の新宿駅にて)

 編成は以下のようになります。

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1・2・3・8・9・10号車が普通車自由席、6・7号車が普通車指定席、4・5号車がグリーン車指定席。

 

停車駅は、新宿 - 三鷹 - 立川 - 八王子 - 高尾 - 相模湖 - 大月 - 勝沼ぶどう郷 - 塩山 - 山梨市 - 石和温泉 - 甲府 - 韮崎 - 小淵沢となっています。

以下が 2018年7月~9月のダイヤです。

(ページ右端黄色線の枠内)

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JTB小さな時刻表」JTBパブリッシング(2018年7月1日発行)P542より抜粋

 

この列車、前々からかなり気になっていました。

使用される215系が全国でも(世界でも)珍しいオール2階建て車両(厳密には先頭車両は違う)であることと、普通車の座席が全てボックスシートという現代の急行形とも言えるアコモデーションであることがその理由です。

また、編成中にグリーン車指定席が設定されている他、普通車にも指定席が設定されているなど、列車種別は快速ながらもかつての急行列車のような運用であることもその理由の一つです。

 

 

 今回僕は新宿駅から塩山駅まで乗車しました。

新宿駅には発車15分前くらいに着いたのですが、発車となる11番ホームにはすでにけっこう人の列が出来ていました。

乗車した場所は8号車(普通車自由席)の階下席。

車内に乗り込んだ時点で2階席には開いているボックスはなかったので、階下席の空いているボックスに陣取りました。

 

車内の様子は乗客が居るため満足に撮影できなかったのですが、このような具合です。

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画像は階下エリアの様子。 車体の構造は首都圏の普通列車グリーン車に使われている2階建てサロに準じています。

扉は片開きの2扉式で、扉の内側が2階建て構造、外側が平屋建て構造。

普通車の座席は全てボックスシートで、ボックスの縦幅は1500mm。

グリーン車は回転式リクライニングシートで、シートピッチは970mm。

階段の構造が普通車とグリーン車では異なり、普通車は画像の通りまっすぐな構造となっていますが、グリーン車は首都圏を走る普通列車グリーン車と同様でらせん構造となっています。

215系は1992年に増加する湘南ライナーの需要に対応するために開発された車両で、10両1編成につき1010名の着席定員を誇っています。

主にホームライナー用に製造された車両ということで、それなりに車内の快適性には配慮されており、優等列車らしさは感じられます。

普通車では座席上に小さな荷台も設置。

グリーン車にはありません)

座席の土台は片持ち式なので、座席下にもスペースがあり、そこに荷物を置くことも可能です。

ただ、それでもスペース不足の感は否めないか。

通路に大きな荷物が置かれている光景がちらほら確認できました。

ホームライナーの主な客層と考えられる通勤客ならともかく、荷物が多い旅行客などは不便を感じる点かもしれません。

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客室端の壁面にはこのような電光掲示板も。

停車駅の案内などがされていました。

この辺りも少し優等列車らしさを感じられる部分ですかね。 

 

普通車の座席の座り心地ですが、決して悪くはなかったです。

見た目よりもしっかり作り込まれている印象で、モケットも思ったよりもフカフカしていて、僕は座っていてお尻が痛くなることはなかったです。

背もたれはほぼ直立ですが、高さも十分だし頭の位置にクッションが備えられていて、E231系などの普通車ボックスシートのような固い背もたれ上部に後頭部をぶつけるということは無いです(笑)

ただ、ボックスの縦幅が1500mmで、見ず知らずの他人と対面するとかなり窮屈さを感じました。

欲を言えばあと最低100mmくらいはスペースが欲しいところでしょうか。

これでもかつての急行形の1460mmよりは広いのですが、現代の感覚でこれで急行料金を取るとしたら、やはり割高感がありますね。

 

列車は定刻通り9時02分に新宿駅を発車。

その時点で階下席の乗車率は4割くらい。

2階席はもっといたかと思います。

6~7割りくらいか。

発車すると、車内からはプシュッ!プシュッ!という缶ビールを開ける音が……(笑)

 

走りだしてからの乗り心地は悪くなかったです。

スーッと滑るような走りだしで、重厚感があり、音も静かだったし、揺れも少なく感じられました。

これで座席がリクライニングシートなら特急形でも行けるんじゃないかと思うほど。

ただ、これは座る場所にもよりけりか。

僕はサハ車の階下席でしたが、これが2階席やモハ車、クモハ車なら揺れや走行音などに違いが出てくるのかもしれません。

 

臨時列車でダイヤの合間を縫っての運行なのか、スピードは少々控えめな印象で、徐行するような区間もありました。

それでも、途中駅を次々と通過して行く様はなかなか気持ちよく、かつての急行列車に乗っているような雰囲気を味わえました。

今回、中央線の国分寺以西に行くのは初めてだったのですが、車窓も趣があって良かったです。 沿線に名所も多いし見所も多いと思います。

車窓風景もほとんど撮れませんでしたが、こんな具合です。

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八王子を過ぎると風景も牧歌的になってきて、旅気分も高まりますね。

そのまま終点の小淵沢駅まで行きたいところでしたが、この後、池袋で用があったので塩山駅で降りて普通列車で引き返すことにしました。

それにしても、一度で良いから165系の急行アルプスで中央線の車窓風景を満喫してみたかったなあ。

ということで、今回はこんなところで。

次回はビューやまなし号乗車中の車内の様子などを、途中乗り合わせたある家族への観察記録を中心に語り、現代の急行列車というものについての考察めいた話をしてみようかと思います。

訂正

前回の記事に訂正があります。

記事の後半に

「上り方面に走行していると三河島を過ぎてから大きな右カーブに差し掛かるのですが…」

とありますが、正しくは南千住を過ぎて三河島の手前です。

記憶違いをしていました。

すみません。

急行「ときわ」号の思い出

久々の記事です。

 

いろいろと語りたいことはありつつも、文章を書くのに恐ろしく時間がかかってしまう性質なので、書こう書こうと思いつつなかなか書けずに前回からかなり時間が経ってしまいました(^^;

 

さて、今回はかつて常磐線を走っていた急行「ときわ」号の思い出について語ろうと思います。

 

僕は子どもの頃から「急行」という種別に非常に愛着を持っていました。

(ここでいう「急行」とは私鉄などで運行されている運賃のみで乗れる無料急行のことではなく、かつて国鉄やJRで優等列車として運行されていた有料の定期急行列車のこと)

そのきっかけとも言えるのが急行「ときわ」号の乗車体験だったと思います。

急行形の車両の列車に乗る機会はこれ以降も何度かあったのですが、急行形の車両で運行される定期急行列車に乗ったというのはこの時が唯一で、その時のことを、遠い記憶を頼りに振り返ってみようかと思う次第です。

 

それは1984年(昭和59年)かその前年のことだったと思います。

急行「ときわ」号は1985年(昭和60年)に全廃されてしまうので、かなり運用末期の頃です。

当時、僕の一家はまだ兵庫県の西宮市に住んでいましたが、常磐線はけっこう馴染みのある路線でした。

というのも、母の実家が茨城県水戸市にあったので、夏休みなどに母の実家に帰省することもあったからです。

そんな帰省の際には、新大阪から東京までは新幹線の「ひかり」号に乗り、東京から上野までは山手線か京浜東北線、そして、上野から水戸までが常磐線普通列車というのがお決まりの行程でした。

上野から水戸までは普通列車で大体2時間少々。

上野までの行程を合わせると6時間程の長旅になったのですが、上野-水戸間の行き来は特急「ひたち」号や急行「ときわ」号を利用することはなく、当たり前のように普通列車でした。

両親の考えとしては、新大阪-東京間の新幹線にはスピードによる時間短縮というかなり大きな利便性があるのに対して、在来線の特急・急行の場合は上野-水戸間程度の中距離では所要時間にそれ程大きく差が出ないのでわざわざ利用するまでもないだろうということだったのかと思います。

書籍などでは、「新幹線開業以来、在来線の特急列車は大衆化され……」的な文言をよく見かけるのですが、少なくとも僕の一家にとっては、在来線の特急は依然として贅沢な存在であり、急行でさえも少し高嶺の花だったというわけです。

 

そんな、なかなか手の届かなかった急行「ときわ」号でしたが、幸いにも一度だけ乗る機会を持つことが出来たのです。 

どういう経緯で乗ることになったのか僕は全く覚えていないのですが、水戸から西宮の自宅へ戻る途中につくば市の方へ立ち寄ったのですが、その際いろいろ道草を食っているうちに最寄りの土浦駅に向かう時間が予定より遅れたようです。

そのため、東京から乗る予定だった新幹線の時刻に間に合わなくなる可能性が出てきて、急遽急行「ときわ」号に乗って行こうという話になったらしいです。

 

「ときわ」号に乗り込むところからは僕もよく覚えています。

この時僕はまだ特に急行好きではなかったし、むしろ特急の方に憧れを抱いていたのですが、初めて乗る在来線の優等列車ということで、列車到着前からかなり気持ちが高まっていたのを覚えています。

そして、土浦駅のホームやってきたのは、このクリーム色とローズピンクの車体が特徴的な交直流急行形電車の急行「ときわ」号。 

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常磐線 街と鉄道、名列車の歴史探訪』株式会社フォト・パブリッシング (2017年) P117より抜粋

 

列車が到着しドアが開いて車内の乗りこむと、まず客室の端から端まで整然とボックスシートが並ぶ光景の壮観さに目を惹かれたものです。

席に着いてみると、シート自体近郊形のそれよりも横幅が広くゆったりとしていることや、ボックス中央の窓際に設置されているテーブルも近郊形の物と比べて大振りであることにも気づき、乗り慣れた近郊形では感じたことのなかった優等列車の風格と、どこか懐かしい汽車旅の雰囲気を子どもながらに感じました。

この頃はもう急行形と近郊形の区別はつくようになっていたので、これが急行形の車両なのかという感慨もそこにはありました。

 

土浦を発車してから上野に着くまでは50分程度でしたが、本当にあっという間でした。

途中の停車駅は我孫子のみで、フルスピードで次々と小駅をすっ飛ばしていく様は圧巻の一言。

スピードはかなり出ているように感じたし、モーター音やジョイント音など走行音の響きも近郊形とは大分趣が異なるように思いました。

なかなか上手く言い表せないのですが、走りが近郊形にくらべて少し余裕が感じられ、重厚で滑らかにも思えました。

僕はもう大興奮で、終始窓にかぶりついて車窓を眺めていました。

 

この時のことで、昨日のことのように鮮明に記憶している場面が一つあります。

上り方面に走行していると三河島を過ぎてから大きな右カーブに差し掛かるのですが、僕はちょうど進行方向に向かって右側の座席の窓側に座っていたので、そのカーブに差し掛かると編成前方の車両がよく見えたのです。

夏の午後の陽ざしに照らされたクリーム色とローズピンクの車体が輝くように美しく、改めて今自分は急行「ときわ」号に乗っているのだと実感し、嬉しくなったものです。

 

上野に着いてから、予定していた新幹線発車の時刻も迫って来ていたのでゆっくり感慨にふけっている暇はありませんでした。

それでも僕は家族と一緒にそそくさと山手線のホームに向かう中、何度も振り返り自分の乗ってきた急行「ときわ」号の姿を確認しては名残を惜しんだものです。

この時、親にせがんで記念写真一枚くらいさっと撮ってもらえばよかったと悔やまれます。

 

この興奮から間もない1985年(昭和60年)3月のダイヤ改正で、急行「ときわ」号は姿を消します。

この時のダイヤ改正は東北・上越新幹線の上野開業という歴史的なものだったのですが、そういう華やかな話題の陰で、急行「ときわ」号を含めた上野口の急行列車が一斉に姿を消したのも印象的でした。

それは来る新しい時代と去り行く古い時代が交差していくようでした。

僕は急行「ときわ」号の乗車体験で、急行列車という存在に惚れ込んだわけですが、すでに優等列車としての「急行」は歴史的な役割を終えようとしていて、後戻りすることのない黄昏の時代に入っていたのです。

(確かに僕が乗った際もガラガラだったような気が……)

この時の急行「ときわ」号廃止は本当にショックで悲しかったです。

廃止に至る事情はいろいろあったのだろうけど、子ども心に「なにも全部無くさなくったって……」という率直な気持ちがあり、その気持ちは未だに尾を引いている有様なのです。

 

急行「ときわ」号の乗車体験から十年後でしょうか。

僕は受験生となっていて、茨城大学を受験するために、しばらくぶりに上野の常磐線のホームに立ったことがあります。

この頃は鉄道への関心を失っており、普段電車に乗ったりしてもほとんど何の感慨も抱かなくなっていたのですが、この時は子ども時代の鉄道への情熱をふと思い出し、急行「ときわ」号のことも思い出しました。

同時に、急行「ときわ」はもう走っていないのだという喪失感も込み上がってきました。

それは自分にとって大切な何かが失われているような気さえしました。

この時からさらに二十年以上経ちましたが、そうした感覚は未だに自分の中にあるようです。