特急しなの号の思い出

今回は鉄道に関する個人的な思い出について少し書こうと思います。

 

自分にとって思い出深い列車はいくつかありますが、名古屋-長野を結ぶ特急しなの号もその一つです。
と言っても、これまでしなの号には一度も乗ったことがありません。
それが何故思い出深いのかと言えば、子どもの頃に仲の良かったある友人の顔を思い出すからです。

彼は僕が幼少の頃(1980年代前半辺り)によく遊んでいた友人です。
当時、僕の一家は兵庫県の西宮市にあった父の勤める会社の社宅に住んでいたのですが、彼も同じ社宅内に住んでいました。
父の勤める会社は一応大手だったので転勤も多く、その社宅にも全国様々な所から社員とその家族が集まってきており、彼の家族もそうだったわけです。

その彼の実家が長野にあり、お盆休みなどよく家族で長野に帰省していたようです。
その際に必ず利用していたというのが特急しなの号で、当時の彼の話によれば、名古屋発着ではなく大阪発着の便を利用していたようです。

 

大阪発着のしなの号は2016年の改正で無くなり全て名古屋発着になりましたが、国鉄時代の当時から1往復だけ大阪発着の便があったのです。
1980年の時刻表ではしなの9号(大阪→長野)が8:30~14:25、しなの10号(長野→大阪)が14:15~20:07と6時間弱で大阪‐長野を結んでいました。
ちなみにJR時代に入ってから新型車の383系が投入され使用されるようになってから、5時間前後まで時間短縮されています。
しなの号の1往復だけ大阪発着という体制は2016年まで続いていたわけですが、大阪‐名古屋は新幹線と競合する区間
それでも大阪発着の1往復が2016年まで残されていたのは、それなりに需要があったという事なのでしょうか。


そんな大阪発着のしなの号ですが、彼はこのしなの号に乗ったことをとても得意げに語っていました。
しなの号には世界初の振り子式電車である国鉄の381系特急形電車が使用されていたのですが、それがまた彼にとっては自慢の種で、「速くてカーブを曲がるときにすごく傾くんだよ…」などと興奮気味に語っていたものです。

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出典:『小学館の学習百科図鑑 31 特急列車』小学館 1981年

未だ国鉄の在来線の特急列車に乗ったことがなかった僕はその話を内心とても羨ましく思いながら聞いていました。
すでに新幹線には何度も乗ったことがあったのですが、僕にとって新幹線は「特急」ではなかったのです。
新幹線は在来線の特急とは別物というイメージあって、在来線を走るからこその「特急」なのであって新幹線はあくまで「新幹線」という認識だったのです。
そして、僕は乗る機会のあった「新幹線」よりもなかなか乗る機会のなかった「特急」の方に憧れを募らせていたわけです。
そこには無いものねだりの心理もいくらか働いていたかと思います。

それでも僕は羨ましい気持ちを押し殺し、彼に対抗して、自分も東京まで新幹線に乗って行ったと自慢してみるのですが、どうにも推しきれない。
一方、彼は自信満々で「しなの号の方が凄い」の一点張りで、この自慢合戦は終始僕の方が分が悪かった気がします。

 

ところが、そんなやり取りをしてから少し月日が流れたある年の盆明けに、彼は興奮気味に僕に話してきました。
彼はその年の盆に帰省した際、長野との行き帰りで初めて新幹線に乗ったというのです。
それまでは、大阪発着のしなの号で往復するというのが通例だったようですが、その年は大阪‐名古屋は新幹線を利用するという行程で長野と往復してきたとのことでした。
そして、「しなの号は凄い」の一点張りだった彼も、「新幹線って凄いんだね」と、あっさり新幹線の凄さを認めたのです。

ただ、その時、すでに僕は急行ときわ号の乗車体験をし、僕の目は在来線の優等列車、特に「急行」という存在に向きつつあった頃。
気持ちは少し複雑でした。


それから間もなく僕は父の転勤の関係で横浜に引っ越しました。
彼とはそれ以来会っていません。
しばらく手紙や年賀状のやり取りはしていたのですが、いつの間にかそれも途絶えてしまいました。

20代の頃、そんな彼から久しぶりに便りが届いたことがありました。
便りには彼が大学を卒業してから長野に戻って小学校の教員になったことや結婚もしたという近況が書かれていました。
それから手紙や年賀状のやり取りが再開しましたが、それもまたいつの間にか途絶えてしまい、そのまま今に至ります。


未だに「しなの号」と聞くと、昔図鑑などでよく目にしたカーブで少し傾いたの381系の車体と、しなの号に乗ったことを得意げに語る小学生の彼の顔が思い浮かぶのです。

 

現在、しなの号は381系の後継車となるJR東海383系で「ワイドビューしなの号」として名古屋‐長野を結んでいて、381系はJR西日本の岡山‐出雲市を結ぶ特急やくも号に使用されています。

それにしても、381系が未だに現役で走っているなんて驚きですよね。
そろそろ383系の後継車の計画も……なんて声もちらほら聞かれるようになったのに、1973年のデビューから40年以上経っている381系が未だに一線で活躍しているのだからおそるべし国鉄型です。
しかし、そんなやくも号の381系もさすがに限界が来ているのか、2022年以降新形式の車両に置き換えられるとのことなので、乗れるうちに乗りに行っておきたいところです。


今回はそんなところでお終い。